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美術館の日常のあれこれをお伝えします。

「坂口恭平日記」鳥羽和久&中3卒業生「坂口恭平日記」レポート

2023.04.09 , , ,

3月に中学を卒業したばかりの生徒たちといっしょに福岡からバスに乗って熊本を訪れ、「坂口恭平日記」(熊本市現代美術館)を鑑賞しました。
うちの教室は「3年在籍すれば九州全県まわれる」と言われるほど子どもたちと頻繁にお出かけをするのですが、でもその目的地に美術館を選んだのは過去20年の中で初めてのことでした。
子どもたちはお絵描きが好きな子がたくさんいるのに、でも美術館にはほとんどの子が興味を持ちません。それはきっと、美術館に並ぶ絵が教材化されたものだということを敏感に感じてしまうからでしょう。
本来、絵画をはじめとする芸術は、規範性からはみ出した世界や、日常から隠された世界との出会いの扉になるから面白いのでしょう。でも、学校で習う「美術科」はそんな出会いを子どもたちになかなか与えることがありません。それどころか、成績評価が下されるせいで、「絵がうまく描けない」「絵を見ても良さがわからない」といつの間にか苦手意識を抱いてしまう子も多いのです。こうやって、美術と出会い損ねる子たちは多くいます。

これまで子どもたちを美術館に一度も連れてくることがなかったのは、子どもたちがきっと退屈してしまうだろうと思ったからです。絵を見ることにさえ「自分を試される」ことが付きまとうなんて興味をなくすにきまっています。
でも、今回「坂口恭平日記」に子どもたちと訪問することを決めたのは、坂口さんの絵には、子どもたちの目を開く力があると思ったからです。坂口恭平さんの2作目の画集タイトルは“Water”ですが、子どもたちといっしょに行く前にすでに一度美術館で膨大に並ぶ絵に出会っていた私は、これは「水みたいだな」と思ったのです。美術館に行くと私はすぐにへとへとになってしまうのですが、この700枚の絵はどれだけ見ても不思議と疲れなかったのです。だって水みたいにさらさらしているから。
かつて「無我」といういかにも我執が深そうな絵を描いた大家がいましたが、坂口さんのパステル画は、我が無い、というか、我を知らないという感じがする。そのせいか、彼の絵をAIみたいだと言う人もいてなるほどと思うのですが、私は、その絵の中に民藝的な手業による美を見出します。それは、毎日作業をやっている人の制作物だけに自ずと現れる美しさです。

美術館に着いた子どもたちは、まさに「水を得た魚」でした。館員の皆さんは中学生の自由奔放な絵の楽しみ方にヒヤヒヤしたかもしれませんが、誰ひとり、退屈な様子の子どもはいませんでした。気に入った絵をカメラに収めて、「これを待ち受けにしていいと思いますか?」と私に尋ねてくる子もいました。
坂口さんが会場にいて、子どもたちと直接話してくれましたから、その話し方と絵の描き方に共通点を見出す発言をした子もいました。彼が絞り出すように言ったのは「坂口さんは頭の中を何の邪魔もなくそのまま表現できる人。うらやましい」という言葉でした。

鳥羽和久


   

私は正直絵の良さが分かるとは言えませんが、坂口さんの絵はそんな人にでも絵に興味を持たせる、そんな良さが詰まっているものだと思いました。また、中には画風が違ったものもありました。
坂口さんは「パステル画に飽きたら、水墨画や油絵をする。そうすると飽きずに絵を描ける」と言っていました。きっとその時に描いた絵なのかなと想像することができました。
中3 匿名

細かく鉛筆で描くのではなく、太い線や絵の塗り方で絵を表現しているように感じました。ただ一つの色ではなく、普段その色に見えないのに、その色を加えることでその風景に寂しさや明るさなど、その場の雰囲気が伝わってくるような感じでした。
人物の絵があったんですけど、その人の顔は一般的に描かれている感じではなく、パーツが中心に寄っていて、顔に余白がありました。普通そうに見えて、全く普通じゃなかったです。良い意味です。
中3 瓜生沙輝

家への帰り道を歩いているときに、ふとまわりを見わたして「あぁ、きれいだな」と思うような風景が描かれていて、すごく素敵でした。「芸術は爆発だとは思わない」という坂口恭平さん自身の考え方が、絵に表れていると感じました。
自分がやりたいと思うことをやる、飽きたら他の方法でやってみるというのはとても大事で、でも、それを実行するというのはなかなか難しいことなのだろうなと思いました。
中3 矢ケ部桃果

美術館の空間がすごく好きだった。あぁこれが好きだと思う作品が誰でも見つかると思う。生活していてずっと見ていきたいなと思う風景がたくさんあった。絵を描いてみたいと思った。ずっといられる場所です。
坂口さんと話すと、自分がいかに小さなことを気にしているのかということに気づいた。こんなふうに生きている人もいると知れたことはすごくよかった。
中3 Nanaho Furukawa

坂口さんの考え方や生き方は、ちゃんとしていて自分にもわかりやすく、すぐにでもできるなと思った。最初は言ってることが分かりにくかったけど、聞いているうちに楽しくなり、面白くなりました。
坂口さんは思っていたよりも明るくて、とても話しやすい人だった。
中3 吉田政功

お気に入りの絵はP0077。自分が育てた野菜を題材にして絵を描くという発想がとてもおもしろいと思った。また、絵の中にある野菜の組み合わせが独特で、興味がでてくるものだった。
他にも、すごい絵がたくさんあったが、坂口恭平さんの「苦しい時には電話して」という本にも同じような絵があったため、この本を選ばせてもらいました。
中3 潮田宗則

坂口さんとは2回話しました。坂口さんはとても頭がいい話し方をする人でした。私が1言ったら10を理解できる人でした。
絵は色の塗り方が少ないのに、的確に光や影を描けている人でした。その描き方のせいで、全ての絵が写真のように見えました。
坂口さんは、しっかりしているのに自由な話し方や雰囲気で、とても引き込まれました。
中3 帆足一花

写真みたいだなと思いながらずっと見ていました。そんな絵を写真におさめて本当に写真にしちゃうのもなんだか風情があっていいなと思いました。
また、「芸術は爆発だと思いますか」と聞いたら、「気持ちを鎮めるためにどっちかっていうと描いている」と言われ、芸術も人それぞれで見方がちがく、そこが面白いところだなと思いました。
中3 諸岡柚季

海の光の反射や波の感じがリアルで、写真のように見えた。ふだんよく見るような道路などの風景に着目して絵にしようと思うことがすごいと思った。
自分じゃ理解できないような幻想的な絵も多くて、坂口さんの想像力はとてもすごいなと思った。


中3 中村虹希

 


鳥羽和久&中3卒業生と坂口恭平 2023年3月14日 「坂口恭平日記」会場にて


鳥羽和久
教育者、作家。専門は日本文学、精神分析。修士(文学)。大学院在学中に学習塾を開業。現在は株式会社寺子屋ネット福岡代表取締役、唐人町寺子屋塾長、及び単位制高校「航空高校唐人町」校長として、150人余りの小中高生の学習指導に携わる。教室1階の書店「とらきつね」では多彩なゲストを迎えたイベントを開催しており、坂口恭平も毎年のようにゲストとして呼ばれている。
著書に『君は君の人生の主役になれ』(筑摩書房)、『おやときどきこども』(ナナロク社)、『増補版 親子の手帖』(鳥影社)など。西日本新聞、筑摩書房、大和書房などで連載。朝日新聞EduA教育相談員。

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