…大竹伸朗ビル景展関連イベント「あなたのビル景集めます。」より応募作品をご紹介します…
10年前、とある夢を追って、それまで住んでいた関西から東京に移り住むことにした。
カプセルホテルに寝泊まりしながら住まいを探し、選んだのは京王井の頭線、高井戸駅から徒歩10分のところにあるアパート。
場所のわりに安めの家賃と、井の頭線沿いに咲いていた紫陽花の美しさが心に残ったことが決め手だった。
なんとか仕事も決まり、平日は毎日この高井戸駅から電車を乗り継ぎ、職場に通っていた。
慣れない都会の電車通勤、はじめて経験する大きな企業の一員としての仕事、東京の
スピード感、とにかく必死に日々を過ごしていたように思う。
毎朝アパートから高井戸駅に向かう際に神田川を渡るのだが、その向こうに煙突がそびえ立っているのが見える。
近くにあるゴミ焼却施設の煙突で、私は心の中で密かに「高井戸タワー」と名付けていた。
近隣を開拓すべく、週末は自転車であちこちに出かけたが、自他ともに方向音痴の私。
地図を見ていたはずなのに、方角すらわからなくなってしまうこともしばしばだった。
不安にかられながら自転車を漕いでいるうち、この「高井戸タワー」が見えたときの安心感。
とにかく「高井戸タワー」を目指せば家に帰れる。
私にとって「高井戸タワー」は、不安と期待の入り混じった東京生活のシンボルのひとつになっていた。
(熊本市在住)