CAMKブログCAMK Blog

美術館の日常のあれこれをお伝えします。

ライフ展寄稿 熊本日日新聞5月23日朝刊文化面

2020.05.24 ,

熊本日日新聞5月23日朝刊文化面に「ライフ 生きることは、表現すること」

展について、担当学芸員が寄稿しました。全文は以下をご参照ください。

「普通」に生きることは難しい。なぜなら、私たちが住む世界のバランスによって、いともたやすく「普通」の基準は変わるからだ。

奇しくも、新型コロナウイルスは、それまで「普通」であり、多数派だと思っていた自分が、一夜にして感染者になる、という新たな経験を私たちにもたらした。そして、超高齢化社会を迎える現代の日本においては、誰もがいずれ「普通」の基準から外れた、身体的・精神的な弱者になり、少数派となる可能性を持っている。

「ライフ 生きることは、表現すること」展は、そのような社会の中で、私たちが、どのような態度や生き方を選択していくのか?という問いを含んだ展覧会である。本展では、様々な障害や疾病、高齢化により心身の不自由さを持ちながらも、自分の「弱さ」を開示することで周りの人々の助けを借り、また、「弱さ」とは何かと考える人たちの、多様な表現を紹介している。

現代アーティストの片山真理は、9歳の時に先天性の疾患を持つ両足を離断して以来、義足を使って生活している。自作のオブジェや、装飾を施した義足と共に、その「普通」でない身体を、アーティストとしての視線から見つめたセルフ・ポートレートを撮る。

「今日も、生きてる?」というコピーとともに展覧会のメインイメージに用いた《you‘re mine #001》に写し出されるのは、濃いメイクに、下着と義足用の靴下を身につけ、見る者に挑発的な視線を送る片山自身の姿である。片山は、社会が一方的に抱く「清く正しい障害者」のイメージを打ち破り、私たちを新たな世界線へと導く。

本展参加者は、全員が現代アーティストでも、何らかの障害や疾病があるという訳でもない。自閉症、ハンセン病、肢体不自由、躁鬱病、介護サービス等が必要とされる当事者もいれば、障害やその不自由さに着目して新たなコミュニケーションを生み出そうとする作家やロボット研究者もいる。日々、続けられる表現は、必ずしも自分一人の力だけで行われるのではなく、その背後には、家族を中心に、施設やNPOスタッフ、作品を共に作っていこうとする仲間たちの存在が欠くことはできない。

現在、ネット上に限らず、現実の社会においても、感染者や医療従事者への誹謗・中傷、自分とは異なる振る舞いをする他者に向けた不寛容が蔓延している。パンデミックが、私たちの心の奥底に無意識に潜む、弱者=不要で排除すべき存在とする考え方をあぶりだしたのだ。そのことは、私たちがハンセン病の経験から学ぶべきことがまだまだ多くあり、多種多様な自然や人間と共存していくために、正しい知識や想像力を持つことが不可欠だということを示している。

「弱さ」の中には、人が生きていく上で忘れてはならない、助け合うことや共感すること、情愛をもつことといった、大切な価値観がある。そこには、私たちの誰もが等しく「生きていく」ことを肯定される社会を実現するためのヒントが、散りばめられている。

坂本顕子(さかもと・あきこ/熊本市現代美術館学芸員)

カテゴリ別一覧Categories

月別アーカイブArchive