事の発端は2013年、スウェーデンに住むガラス作家の山野アンダーソン陽子のもとに、日本から一人のグラフィックデザイナーが訪ねてきたことでした。「山野さんのガラスの作品を本にしたらどうか」と提案を受けたことをきっかけに、アートブックを制作する「Glass Tableware in Still Life(静物画の中のガラス食器)」というプロジェクトが始まります。
――どんなガラスの食器を描きたい? 山野はスウェーデン、日本、ドイツを拠点とする18人の画家に声をかけ、静物画に描きたいガラス食器を言葉でリクエストしてもらいました。リクエストの言葉に応じて、山野はクリアーのガラスを吹きます。そして出来あがったガラス食器をもとに画家は絵を描く。どんな絵でもいいので、絵のどこかに必ずガラスを入れることが条件です。
そうやって生まれたガラスの器と絵画は、アートブックとして編まれるべく、写真家によって撮影されました。写真家は8×10の大判カメラを携えて、スウェーデン、ドイツ、日本を旅し、それぞれの画家のアトリエに佇むガラスの器と絵画のある世界をとらえていきました。
一冊のアートブックが結実するまでに、画家の言葉はガラスを生み、ガラスは絵を生み、ガラスと絵は写真を生みました。そしてここに展覧会が生まれ、そこから見る者たちの言葉を生むでしょう。展示室には、ガラス食器をめぐる作品とともに、作り手たちと見る者たちの生きている関係性が輝いています。
見どころ
ガラス作家・山野アンダーソン陽子
ガラスに惹かれ、なかでもガラス食器という量産されたクラフトに関心を抱き、北欧最古のガラス工場であるコースタ内の学校で吹きガラスの手法を学ぶ。ガラス産業が栄えたスウェーデンにおいて、17 世紀より用いられてきた工場制手工業の手間ひまかかる技術にこだわり、制作を続けている。同じものをつくっても手作業ゆえに一つひとつが微妙に異なり、それはちょうど私たちみんながそれぞれに違うことと似ていると、山野は考えます。かたちのわずかな歪みや使い心地の微妙な違いなどのささやかな個性は、使い手との間にじわじわと生まれる「食器との関係性」を考えるきっかけになったといいます。
Glass Tableware in Still Life プロジェクト
グラフィックデザイナーの須山悠里から、自身のガラス食器にまつわる本を作らないかと提案されたことをきっかけに、アートブックを作る目的でこのプロジェクトは始まりました。普段から静物画の中のガラスに目がいきやすく、割れやすい現実のガラスと、どうやっても割れることはなく、嘘でも成立してしまう絵画の中のガラスの「ズレ」を魅力として捉えていた山野。自分の作ったガラスが絵に描かれた時、どんなズレや違いが生まれるのだろう?そのような興味から、画家の言葉によるリクエストに合わせて山野がガラスを作り、それをもとに画家は絵を描く。そのガラスと絵画を写真にして本として編む、というコンセプトに至ります。デザイナーの須山、写真家の三部正博とともに、約5年の月日をかけて、「Glass Tableware in Still Life」は進行していきました。
ガラス、写真、絵画の「関係性」を思う
アートブックを目指して進められたこのプロジェクトは、やがて展覧会へと導かれます。会場に並ぶのは日々の暮らしでも使いやすそうなクリアーガラスの食器と、それらが多種多様な表現で描かれた絵画、画家のアトリエで撮影されたガラスの写真。それぞれを作品として鑑賞しながら、生活の道具としての使い心地を想像することもできるでしょう。また、美術館で鑑賞することと自宅で道具として使うこと(を想像すること)のあいだを行ったり来たりすることで、作品と道具、鑑賞することと使用すること、美術館と自宅、フィクションとリアルなどが混ざりあい、その境界が曖昧になっていくことでしょう。それらが作品ジャンルを飛び越えて関係しあい、さらに見る人が関係することで、新たな関係性が紡がれることを期待します。
出品作家
山野アンダーソン陽子
三部正博
石田淳一
伊庭靖子
小笠原美環
木村彩子
クサナギシンペイ
小林且典
田幡浩一
八重樫ゆい
アンナ・ビヤルゲル
アンナ・カムネー
イルヴァ・カールグレン
イェンス・フェンゲ
カール・ハムウド
ニクラス・ホルムグレン
CM・ルンドベリ
マリーア・ノルディン
レベッカ・トレンス
センナイ・ベルヘ
山野アンダーソン陽子(やまの・あんだーそん・ようこ)
1978年生まれ。スウェーデンのストックホルムを拠点に活動するガラス作家。日本の大学を卒業後、北欧最古のガラス工場であるコースタ内の学校で吹きガラスの手法を学び、その後スウェーデンの王立美術工芸デザイン大学にて修士課程を修了。クリアーガラスを探求し、スウェーデン、イギリス、日本などで作品を展開する。
三部正博(さんべ・まさひろ)
写真家。1983年、東京都生まれ。東京ビジュアルアーツ専門学校を経て、写真家泊昭雄氏に師事し、2006年に独立。2015年頃より人為的なものと自然のコンポジットを超えて働きかける風景をおさめたパーソナルワーク「landscape」を撮り続けている。美術、建築に加え、音楽、ファッションの分野においてもコミッションワークを手がける。
石田淳一(いしだ・じゅんいち)
1981年、埼玉県生まれ。同地在住。2004年、日本大学芸術学部美術学科卒業。オーソドックスな技法で古道具や果物など身近なものをモチーフに静物画を描く。眼前の事物にじっくりと向き合うことで生まれる精緻な油彩画には、それら事物が包含する時間が光とともに描かれる。
伊庭靖子(いば・やすこ)
1967年、京都府生まれ。同地在住。1990年、嵯峨美術短期大学版画科専攻科修了。陶器やクッションなど身近な対象物をモチーフに、自然光の中で自ら撮影した写真をもとに油彩画などを制作する。モチーフの色や反射する光、あるいは画家の眼と対象との間にある距離や空気、それらの質感に注目し「見る」ということを考える。
小笠原美環(おがさわら・みわ)
1973年、京都府生まれ。1991年にドイツに渡り、現在、ハンブルグを拠点とする。ハンブルグ芸術大学ではノベルト・シュワンコウスキー、ヴァーナー・ブットナーに師事した。グレイッシュな画面に光と影を湛えた静謐な絵画は、周囲の空気や時間をも内包している。哲学的な課題や社会的な問題を意識しつつも日常の風景を題材とし、意外な角度からの構図で見る者へ視点の変換を促す。
木村彩子(きむら・さいこ)
1979年、東京都生まれ。佐賀県在住。2003年、東京造形大学造形学部美術学科卒業、翌年同大学研究生修了。植物を中心とする身近な自然を絵画のモチーフとする。対象物や風景を写真で撮影し、蜜蠟を混ぜた油絵具で制作する。風と光をはらんだ透明感のある画面を特徴とし、日常で自然が見せる一瞬の美しさを捉える。装画や挿絵なども手がけ、現在は読売新聞連載コラム「日をめくる音」(黒井千次著)挿絵を担当中。
クサナギシンペイ
1973年、東京都生まれ。同地在住。2001年、セツ・モードセミナー卒業。2002年より作品を発表。未処理の画布にアクリル絵具を用い、即興的な筆致と滲みを特徴とする風景画を制作する。豊かな色彩で描かれた作品には具体的なディテールはなく、明確な場所や事象というよりも、鑑賞者の中にある時間と場所の記憶を呼び起こさせる。
小林且典(こばやし・かつのり)
1961年、兵庫県生まれ。東京都在住。1987年、東京藝術大学美術学部彫刻科卒業。同大学院修士課程修了後、1989年にブレラ美術アカデミーに入学。彫刻にとどまらず、写真・水彩・版画など様々な表現方法で作品を発表し、ブロンズなら原型から鋳造まで、写真ならレンズやカメラを自作するところから暗室作業まで、全てのプロセスを徹底して自身の手で行う。
田幡浩一(たばた・こういち)
1979年、栃木県生まれ。現在、ベルリン拠点。2004年、東京藝術大学美術学部先端芸術表現科卒業後、2006年に同大学大学院美術研究科油画専攻を修了。動的な要素を含む絵画作品や、絵画的制約をもって構成される映像作品などを制作している。メディア間や支持体自体に存在する「ずれ」を通して、目の前にある対象のあり方をひとつにとどめず、流れた時間や空間をめぐって内包し得る多な図像を丁寧に浮かび上がらせている。
八重樫ゆい(やえがし・ゆい)
1985年、千葉県生まれ。東京都在住。2009年、東京造形大学造形学部美術学科絵画専攻卒業、2011年同大学院修了。2020年から2021年まで、ニューヨークに滞在。布生地のパターンなどを思わせる幾何学的な絵画を描く。八重樫の作品の特徴はその独自のシステム化された描き方にある。何色にするか、どの道具を使うか、どのような順序で描くか、工程をひとつひとつ丁寧に確認し、淡々と描かれた絵には静かで心地よい緊張感が生まれている。
アンナ・ビヤルゲル Anna Bjerger
1973年、スキャルフェ生まれ。スモーランド在住。セントラル・セント・マーチンズ卒業後、ロイヤル・カレッジ・オブ・アート修了。日々の暮らしの中で目にするモチーフや光景を即物的に切り取りながら、文学性を湛えた絵画を実現できているのは、光と影に対する画家の繊細な感覚、そしてアルミ板という実験的な支持体をみごとに活かした効果による。
アンナ・カムネー Anna Camner
1977年、ストックホルム生まれ。同地在住。スウェーデン王立美術大学卒業。薄い膜を描くことが多く、画面いっぱいに広がる膜はしなやかなまま凝固し、息のつまる密閉感と皮膚のような通気性をあわせ持ち、無機的でありながらエロティックでもある。作家・写真家のカール・アブラハムソンはカムネーの作品を「色彩あふれる暗闇(A Colourful Darkness)」と称している。
イルヴァ・カールグレン Ylva Carlgren
1984年、ルーレオ生まれ。ストックホルム在住。2012年、ヴァランド芸術学院修了。抽象的な水彩画を手がける。初期には香水瓶などをモチーフに、瓶の造形、光の反射、屈折、プリズムなどを丹念に描いていたが、近年は具体的な対象物を描くことをやめ、闇、陰影、光そのものの表現を中心とする。ウォッシュ技法を基本に、水彩を細かく何層にも重ねる独自の手法で制作している。
イェンス・フェンゲ Jens Fänge
1965年、ヨーテボリ生まれ。ストックホルム在住。1994年、ヴァランド芸術学院卒業。ある形に沿って切り抜かれた様々な素材やメディウム(油彩、鉛筆、ビニール、カードボード、生地等)をコラージュする作品で知られる。伝統的な絵画ジャンルの序列も無関係に、肖像、静物、室内風景、都市景観、幾何学的な形が、同一画面上に並置される。複数の遠近法が用いられることで空間は多彩に変化し、またイメージ同士に様々な関係性がもたらされて、複雑かつ魅力的な世界が構築される。
カール・ハムウド Carl Hammoud
1976年、ストックホルム生まれ。同地在住。ヴァランド美術学院修了。しばしば描かれる本や椅子などの静物は、絶妙なバランスを保ったまま積み重なり、斜めや横からの光に照らされている。誰かの仕業でそうなったのではなく、静物自らの意志でそのように在ることを選んだかに見えるのは、絵画に時間を内包しようとした未来派のスタイルを彷彿とさせるところが大きい。
ニクラス・ホルムグレン Niklas Holmgren
1974年、リュクセレ生まれ。ストックホルム在住。2001年、スウェーデン王立美術大学修了。ハイパーリアリスティックとも言える、光と色彩を駆使した描き方を特徴とし、一瞬の中にある人の心理や、目に見えないインタラクティブなものを示唆させる作風で知られる。また、身近なものを注意深く観察し、人物やものの核心を純化させて表現することを試みている。映画監督、脚本家としても活躍する。
CM・ルンドベリ Carl Michael Lundberg
1972年、ストックホルム生まれ。ヴァルビッキ在住。スウェーデン王立美術大学修了。アネッツ・スンネビ(1951‒/スウェーデンの画家)やヘルキ・フルオビブション(1953‒/アイスランドの画家)、ウルフ・リンデ(1929‒2013/スウェーデンの美術批評家)らの影響を受けながら、身の回りのあらゆるものを日々描いている。小さな画面の中で、生と死、光と影にまつわるモチーフが奔放なパレードを見せ、すべてが等しくその存在を謳歌している。
マリーア・ノルディン Maria Nordin
1980年、リンシェーピング生まれ。ストックホルム在住。2010年、スウェーデン王立美術大学修了。大型フォーマットの水彩画で、人体を主要モチーフとして扱う。ストップモーションのように描き出される人体の動きは、観る者の身体感覚に直接的に訴えかける。ある経験が人体を通してどのように表現されるのか、あるいは、身体的経験がどのように形作られるのかがテーマとなっている。
レベッカ・トレンス Rebecka Tollens
1990年、ストックホルム生まれ。フランス系スウェーデン人。2009年、フランスに移住。2018年以降、ストックホルムを拠点に活動。2011‒2015年、パリのLISAAならびにエコール・ド・コンドにて学び、修士号を取得。紙、木、壁など様々な支持体に、木炭やグラファイト鉛筆による木炭画を手がける。目に見えないものを明らかにする夢や民間伝承、人生の物語から断片を集め、既知と未知、具象と虚構との挟間にある感覚を探るべく、絵画の中で独自の超現実的な空間を創出する。
センナイ・ベルヘ Senay Berhe
1979年、ストックホルム生まれ。映像を独学で学び、ドキュメンタリー、コマーシャル、ミュージックビデオ、ショートフィルム、写真など、多岐にわたるジャンルを手掛け、受賞も多い。特にセネガル、コートジボワール、アンゴラ、ガーナ、ケニア、南アフリカのアーティストたちの活躍を追ったドキュメンタリー・シリーズ「Afripedia」(2014)は、これまで世界各地70以上の映画祭で上映されている。
展覧会情報
会期
2024年7月13日(土 )~9月23日(月・振休 )
会場
熊本市現代美術館ギャラリーⅠ・Ⅱ
休館日
火曜日
開館時間
10:00-20:00(入場は19:30まで)
観覧料
一般:
1,300(1,100)円
シニア〔65歳以上〕:
1,000(800)円
学生〔高校生以上〕:
800(600)円
中学生以下:
無料
※各種障害者手帳(身体障害者手帳、療育手帳、精神障害者保健福祉手帳、被爆者健康手帳等)をご提示の方とその付き添い1名は無料 ※うぇるかむパスポートをご提示の方は無料 ※( )は前売料金。前売料金は下記にも適応。 20名以上の団体/電車・バス1日乗車券、市電みどりのじゅうたんサポーター証、熊本県立美術館友の会証、JAF会員証をご提示の方
※前売券は7月12日(金)まで販売
主催
熊本市現代美術館(熊本市、公益財団法人熊本市美術文化振興財団)、熊本日日新聞社、KKT熊本県民テレビ
助成
スカンジナビア・ニッポン ササカワ財団
企画協力
ブルーシープ
後援
熊本県、熊本県教育委員会、熊本市教育委員会、熊本県文化協会、熊本県美術家連盟、熊本国際観光コンベンション協会、NHK熊本放送局、J:COM熊本、エフエム熊本、FM791
巡回
広島展 会期 2023年11月3日(金祝)– 2024年1月8日(月祝) 会場 広島市現代美術館
https://www.hiroshima-moca.jp/
東京展 会期 2024年1月17日(水)‒3月24日(日) 会場 東京オペラシティ アートギャラリー
https://www.operacity.jp/ag/
プレスリリース