秀島由己男展 ダークファンタジー/ミステリアス
水俣が生んだ異才
2026.4.18(土)〜 2026.6.21(日)
生きるために描いた日々、独学で極めた技術、唯一無二であることへの追究
戦後日本版画の重要作家のひとり、熊本県水俣市出身の画家・版画家の秀島由己男(1934-2018)の、四半世紀ぶりの大回顧展を開催します。
貧しい家庭に生まれ、若くして両親を亡くし、中学卒業後は就職、ほぼ独学で絵画制作の技術を習得した秀島は、美術評論家の土方定一、洋画家の海老原喜之助、版画家の浜田知明、歌人の安永蕗子、詩人の高橋睦郎など一流の才能に認められ全国的に活躍しました。また、作家の石牟礼道子の著作の挿絵などを多く手掛け、世界観を深め合う関係でした。西洋古典絵画の高い技術に憧れ、亡くなる直前まで技術向上に熱心で、唯一無二であることを指針としていました。
秀島は、2018年に急逝し、未整理のまま残されたのは、およそ2200点の代表作とその原版、試作など未発表作品、制作のための資料、そして自己研鑽のため収集した美術・工芸コレクションでした。そのすべては、遺族により最期の居住地だった和水町に託され、2020年から5年間、当館のアドバイスと和水町との共同作業のもと調査を進めてきました。本展は、調査の成果をもとに1950年代~2010年代の秀島の画業の全貌を、和水町所蔵作品を中心に代表作・新発見の資料・未発表作品・美術コレクションを含む260点を超える出品点数で振り返ります。
また、本年は、作家デビューである初個展より60年、水俣病公式確認70年という節目でもあります。秀島の世界観を構成する一要素としての出身地・水俣についても考える機会となると幸いです。
会場構成
秀島由己男の創作活動は、様々な才能との出会い、様々な模索と挑戦を通じて発展していきました。8つの章から作品世界を紐解きます。
0作家の横顔
生前の秀島由己男の話し方、佇まいが感じられる、本展のためにアーカイブから編集したオリジナル動画をご紹介します(制作:RKK)。
すべて和水町蔵
1はじまり-水俣
1934年、秀島は、水俣に住む貧しい家庭に生まれ、身体も小さく、ひとりで絵を描いたり、川や海で釣りをしたり、近所の女の子たちと人形遊びをするような幼少期を過ごしました。
中学卒業後、経済状況から高校への進学は望めず、映画館に続いて米屋に就職するものの馴染めず、16歳で無職となった時に、美術教師の長野勇が無料で行っていた画塾に通いはじめ、水彩画を学びます。ここで石牟礼道子に出会い、生涯にわたって姉と慕うようになります。その後、長野の計らいで母校での事務補助職員に就職し、校長の許可をもらって勤務時間の合間にペン画を描く生活が始まりました。1953年、18歳の時に第1回熊本県水彩画展に《静物》を出品、最高賞に選ばれました。
この時期は、画業の礎の時期にあたりますが、生涯を通じて取り組む静物画、風景画、肖像画、「口をたてに大きく開けた人物像」のモチーフがすでに表れています。モノクロの絵画表現も、カラーによる絵画表現も、この頃から確認できます。
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静物 1953 水彩、紙 和水町蔵 -
霊歌(仮面A)1962 ペン、インク、ケント紙 熊本県立美術館蔵
2霊歌、彼岸花、蝶紋 (1960後半-70年代)
1966年、32歳の時、初個展「第1回秀島由己男個展―ペンに依る黒の歌-」で画家としてデビューします。ペン画の作品の売れ行きは好調で、継続的に個展が開催されることが決まり、注目の若手作家として認められます。
翌年、浜田知明からエッチングプレス機を譲り受け、銅版画を試みるようになります。また、1960年代後半からは、テンペラと油彩の混合技法による静物画や風景画を描き始めます。
1970年代は、有縁の一流の表現者たちと、次々にコラボレーションを手掛けます。浜田知明と共に挿絵を担当した土方定一の童話集『カレバラス国に名高き かの物語』、石牟礼道子との詩画集『彼岸花』、歌人の安永蕗子との歌画集『蝶紋』を出版しました。
詩画集『彼岸花』は、国内美術館でのグループ展のみならず、国際的なアートフェアなどにも出品されました。また、フィンランドやイタリアの美術館でのグループ展参加も経験し、日本を代表する作家のひとりとしての地位を獲得します。
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出魂(詩画集「彼岸花」)1973 エッチング、アクアチント、ドライポイント、紙、雁皮紙貼 和水町蔵 -
蝶(歌画集「蝶紋」) 1977 メゾチント、紙、雁皮紙貼 熊本市現代美術館蔵 -
花子のコレクション 1979 メゾチント、紙 和水町蔵
3静物考 (1980年代)
1984年、秀島は50歳の時、南天子画廊の薦めで、東京・新宿にあった旧瀧口修造邸に移り住みます。
東京では、当時の国内一流の画廊との出会いや、優秀な刷師との出会いに感謝したようですが、社交の場を好まず、作家の言うところには「東京の空気になじめず」、3年足らずで熊本に戻り、1987年から山鹿市に居を構えます。
東京生活での重要な仕事のひとつは、詩人の高橋睦郎との詩画集「静物考」です。この時期、秀島の静物画は洗練を極めます。
また、1989年、55歳の時に、土方定一を追悼する版画集「舊訳聖書『詩篇』より」を発表しましたが、この作品集に掲載された聖書の言葉を撰文したのも高橋睦郎でした。この言葉はそのまま秀島の各作品名となっています。
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shell(詩画集「静物考」) 1985 メゾチント、紙 和水町蔵 -
霊歌B 1986 リトグラフ、紙 熊本市現代美術館蔵 -
円形考〈コマ〉 1989 油彩、テンペラ、キャンバス 和水町蔵
4われらにさきかけてきたりしもの、風の舟 (1990年代)
1991年、秀島は57歳の時、オランダ・ベルギーの美術館を巡る研修旅行に同行し、初めての海外旅行を経験します。この体験は秀島を大いに刺激し、のちの1995年、個展でベルギーのブルージュなどの風景を主題とした新作が発表されました。それらの作品を見た高橋睦郎からの誘いを期に、詩画集「われらにさきかけてきたりしもの」が発表されます。
また、この時期に秀島は、水俣の風景画や親しい人々の肖像画を、熊日での自伝の連載「風の舟」の挿絵として発表しました。この試みは、石牟礼道子の新聞小説の挿絵「春の城」シリーズへと繋がっていきます。
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鳥と聖堂 1994 ペン、インク、ケント紙 -
霊歌〈祈り〉 1991 油彩、テンペラ、カンバス -
I(詩画集「われらにさきかけてきたりしもの」)1997 フォトグラビュール、エッチング、紙、雁皮紙貼
すべて和水町蔵
*春の城
石牟礼道子の長編小説「春の城」(旧題「アニマの鳥」)は、天草・島原の乱をテーマにした内容で、熊日など7社での連載新聞小説として発表されました。秀島は、石牟礼本人から挿絵を描いてほしいと電話で打診された時に躊躇したそうですが、どうしてもと口説かれ引き受けたと言います。
制作にあたり、石牟礼と天草や資料館などを取材し、多くの写真を撮影し資料としました。取材中の夕方、天草の海に神秘的な光が差した様子に感動したことをきっかけに、《春の城―表紙》が制作されました。
本シリーズは全312点で構成され、その中で100人以上は描いたという肖像画についてのユーモラスなエピソードがあります。友人や知人にモデルを依頼する時、相手には「死んでもらいますから」と伝え、それを嫌わない人を選んだそうです。また、土方定一など当時すでに鬼籍に入っていた親しい人々も登場します。
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春の城・扉 1997 リトグラフ、紙 -
春の城-45(原画)1998 コラージュ、手彩色、紙 -
春の城-301(原画)1998 コラージュ、手彩色、紙
すべて和水町蔵
5前向きな未完と加筆 (2000―2010年代)
2000年代から逝去するまでの秀島は、色彩に満ちた、テンペラや油彩を重ねた混合画法による絵画作品を多く手がけました。また、カラー写真の上に直接細密描写で作画したり、写真をコラージュしたり、過去の作品に加筆するなど、様々な手法で実験的な作品を制作しました。この時期は、秀島の言葉によると「この世のものでもない、あの世のものでもない」を表現すること、例えば玉子などのオブジェが自然に透明な状態で存在するような状態を描くことと、変化(変身、変貌)の状態を描くことを好んでいた傾向があります。
秀島は、逝去の直前まで、石牟礼道子との共作のシリーズ作品を制作しており、未完のままとなりました。石牟礼の詩のための小さな挿絵として描かれましたが、すべて、緑色の霧の空間に、主題を輪郭線なしでぼかして描くスフマート技法が試されています。
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卓上の白い静物 ―もうひとつの世界―(未完)1985-2013 ミクストメディア -
秀島由己男(絵画・未完)石牟礼道子(詩) 月明のひがん花 森に似て地下の宴(部分)2013-2018頃
すべて和水町蔵
6創作の舞台裏
秀島は、2018年に急逝し、すべては未整理のままで残されました。2020年から5年間、当館のアドバイスと和水町との共同作業のもと作品調査を進めてきました。未発表作品の発見にも驚かされましたが、最も大きな成果は、秀島の創作の舞台裏に関する様々な資料を発見したことでした。
最も重要な資料の発見は、写真です。1970年以降、秀島は制作の資料として写真を用い始めました。秀島自らがモデルとしてポーズを取った写真がいくつもあり、照れた表情がチャーミングな40歳頃の秀島が記録されています。その他、果物や魚や花などの生鮮品や、笊、籠、テーブル、照明で陰影を演出したオブジェなどが撮影されています。
いくつかのプリント写真の裏側には、透かして輪郭を線描した跡が残っており、それをさらに原版に写したことが分かります。
1970年代半ばより秀島の作品制作に写真が深く関係してきたという発見によって、1990年代からはフォトグラビュール(写真製版)をベースにした原版にエッチングを加筆した版画作品を制作したこと、そして2000年代の最晩年の制作では写真をコラージュしたり、写真の上に直接細密描写で作画したことは、キャリアにおいて自然な流れだったことが明らかになりました。
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写真資料 折り紙ほか 1972以前 モノクロ写真 -
写真資料 モデルとして帽子を被った秀島 1972以前 モノクロ写真 -
太郎(版画集「わらべ唄」)1972 メゾチント、紙、雁皮紙貼
すべて和水町蔵
7師や友との交流 ―海老原喜之助、浜田知明、石牟礼道子、福島次郎、画家達
調査で発見された美術・工芸コレクションより、交流の深かった作家の作品などを紹介します。
画家・海老原喜之助は、版画家・彫刻家の浜田知明とともに秀島が師と仰いだ人物です。コレクションからは、海老原のペンによる着彩デッサン等と、浜田の稀少な代表作2点が発見されました。うち《ボタンB》は、非常に貴重な作品です。
画家・境野一之は、第2次海老原美術研究所で指導員を務めるなかで、秀島の才能を見出し浜田知明に紹介しました。秀島のコレクションからは、3点組の豊かな色彩の小品が発見されました。
秀島は、熊本の同世代の画家達と広く交流していましたが、海老原門下の梅本妙子や渕田安子とは才能を認め合う友情を深めていました。コレクションからは、梅本と渕田の絵画やデッサンが発見されました。
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ありし日の海老原先生(熊日連載「風の船」挿絵)1994 エッチング、紙、雁皮紙貼、和水町蔵 -
梅本妙子 デッサン2(《作品Ⅱ》のデッサン) 1968以前 鉛筆、紙、和水町蔵 -
梅本妙子 作品Ⅱ 1968 油彩、板、熊本市現代美術館蔵
8自己研鑽のための美術・工芸コレクション 西洋古典版画、浮世絵、現代作家
秀島の美術・工芸コレクションは、「勉強が大事ですから」と、自己研鑽のために収集されたもので、生前に特に大事にしていた作品は、銅版画家ジャック・カロと銅版画家ジョヴァンニ・バテッティスタ・ピラネージの作品です。
2020年からの調査によって、コレクションから、ゴヤの版画《ロス・カプリチョス》、ホガースの版画《ザ・ベンチ》、ビアズリー《サロメ》一式などが発見されました。どれもすべて美術館が所蔵を望むような名品です。
また、多くの浮世絵を収集していましたが、作品の構図や画題への興味を優先したセレクトと思われます。浮世絵への興味は、1964年に秀島の作品と浮世絵との共通点を直感的に示唆した石牟礼道子からの影響もあるでしょう。
現代作家のコレクションには、秀島から声をかけて自身の作品と交換で入手したものが含まれます。
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ジャック・カロ 聖アントニウスの誘惑 1635 エッチング、紙 -
オーブリー・ビアズリー サロメ XIV踊り手の褒美 1894(原画)、1907 ラインブロック、ジャパニーズヴェラム(厚地和紙) -
野田哲也 日記 1997年4月24日 1997 シルクスクリーン、木版、紙
すべて和水町蔵
秀島由己男 ひでしま・ゆきお
1934年、熊本県水俣市出身(本名:秀嶋幸雄)。1950年、水俣市立第一中学校卒業。その後、水俣市立第一中学校の事務補助職員として勤務。母校の美術教師の画塾で水彩画を学びはじめる、この画塾で石牟礼道子と出会う。1957年、銅版画家・彫刻家の浜田知明に出会い師事する。1966年、南天子画廊にて初個展「第1回秀島由己男個展―ペンに依る黒の歌-」。1975年、第1回「グラフィカ・クリエイティヴァ」国際版画トリエンナーレ展(ユベスキュラ、フィンランド)にて優秀賞受賞。1980年代以降、国内外で評価が高まる。1992年、三加和町(現和水町)に移住。1995年、個展「秀島由己男─魂の叫び─」展(大川美術館、群馬)。1998年、石牟礼道子の新聞連載小説「春の城」(熊本日日新聞ほか)の挿絵を手掛ける。1999年、個展「秀島由己男展」(神奈川県立近代美術館[別館])。2000年、個展「魂の詩─秀島由己男展」(熊本県立美術館)。2000年以降、全国各地で回顧展を開催。2014年、個展「秀島由己男 創造と探究の生者展」(熊本市現代美術館ギャラリーⅢ)で秀島の美術・工芸コレクションが初公開された。2018年、84歳で永眠。2025年度熊本県近代文化功労者。和水町民栄誉賞。
公式アンバサダー
秀島由己男展公式アンバサダー
亀山真依(RKKアナウンサー)
秀島由己男さんの作品は、その世界観の奥に、秀島さんの人生にまつわるさまざまな物語が息づいているように感じます。
私自身、同じ熊本にゆかりを持つ者として、秀島さんという人物への理解を深めながら、私なりの視点でその魅力をお伝えしていければと思います。
関連開催
プレミアムコンサート「秀島由己男展開催記念 秀島由己男のせかい」
5月23日(土)開場13:15/開演14:00/終演16:00(予定)
場所:玉名市民会館大ホール 自由席3000円(秀島由己男展招待券付き)
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1部:「秀島由己男って!?」トークショー まさやん(タレント)×冨澤治子(熊本市現代美術館学芸員) 司会:亀山真依(RKKアナウンサー)
「秀島由己男って!?」トークショー(PDF形式)
まさやん -
2部:「芸術が交錯する~魂の共鳴~山下牧子リサイタル」
山下牧子(メゾソプラノ)、福島絵美(朗読)、黒葛原康子(Vn)、正源司有加(P)「芸術が交錯する~魂の共鳴~山下牧子リサイタル」(PDF形式)
山下牧子
福島絵美
黒葛原康子
正源司有加
展覧会情報
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開催期間:
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2026年4月18日(土)~6月21日(日)
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開館時間:
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10:00-20:00(入場は19:30まで)
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休館日:
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火曜日(ただし、5月5日(火・祝)は開館し、7日(木)は休館。)
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会場:
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熊本市現代美術館 ギャラリーⅠ・Ⅱ
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観覧料:
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- 一般:
- 1,500(1,300)円
- シニア(65歳以上):
- 1,200(1,000)円
- 学生(高校生以上):
- 1,000(800)円
- 中学生以下:
- 無料
*各種障害者手帳をご提示の方と付き添いの方1名無料(身体障害者手帳、療育手帳、精神障害者保健福祉手帳、被爆者健康手帳等)
*()内は前売/20名以上の団体/電車・バス1日乗車券、JAF会員証、緑のじゅうたんサポーター証/美術館友の会証をご提示の方。
*うぇるかむパスポートをご提示の方は無料。
*前売り券の販売は4月17日(金)まで
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チケット取り扱い:
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熊本市現代美術館、セブンイレブン(セブンコード114-454)、ローソン(Lコード83473)
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主催:
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秀島由己男展実行委員会(熊本市、公益財団法人熊本市美術文化振興財団、RKK熊本放送)、熊本日日新聞社
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後援:
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熊本県、熊本県教育委員会、熊本市教育委員会、熊本県文化協会、熊本県美術家連盟、熊本国際観光コンベンション協会、NHK熊本放送局、J:COM熊本、エフエム熊本、FM791
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特別協力:
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和水町
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プレスリリース: