ギャラリーⅠ・Ⅱにて開催中の展覧会「漫画家生活30周年 こうの史代展 鳥がとび、ウサギもはねて、花ゆれて、走ってこけて、長い道のり」に合わせて、ギャラリーⅢでは1月15日から「CAMKコレクション こうの史代セレクション」を開催しています。本展覧会は、当館のコレクション作品の中から、こうの先生が見てみたい!と思った作品を中心に選んでいただいた作品が並んでいます。
2月15日には、展覧会関連イベントとしてギャラリーツアー「こうのさんと一緒に!はじめましてCAMKコレクション!」を開催いたしました。
こうの先生、こうの史代展監修者の福永信さん、担当学芸員3人によるおしゃべりのもと、展示作品を鑑賞しました。

今回、福永信さんがブログ文を寄稿してくださいました。
―――
「これやってみたいですね」。トーチカの《PIKAPIKA IN KUMAMOTO》(2011)をじーっと見ながらこうのさんは言った。ペンライトを空中で動かしてその「残像」をアニメーションとして見せる作品だ。
今日は午前に「こうのさんと壁にラクガキをしよう!」という、漫画原画を展示しているギャラリーⅠ、Ⅱの展示室の壁にラクガキして会期終了までそのままにしておくという(前代未聞の!)イベントがあって、その後、お昼を食べて、新聞社の取材を受けて、14時からギャラリーⅢで始まったのがこの「こうのさんと一緒に!はじめましてCAMKコレクション!」という参加自由のイベントである。トーチカの作品は、会場の入り口にある。当日こうのさんの隣にいた私、福永がレポートします(こうのさんの台詞は、夜にすぐメモを書いたので、大体その通りと思うけれど、福永の記憶の中のこうのさんの言葉であることをお断りしておきます)。
ここギャラリーⅢでは「CAMKコレクション こうの史代セレクション」展と題して、「こうのさんが選んだ」大小様々な作品を展示している(3月15日まで)。その多くは、久々に展示される作品だったそうだ。

会場にはこうのさんの直筆ひとことコメントが掲示されている。チャコールで描かれた黒と白のリアルな本田健の絵画《山歩き・八月》(2000)には「これ…絵なん…? 近くでじっくり見せてもらおう。」とある。図録を見て作品を選んだので、写真にしか見えないと思ったらしい。そして、今日実際に見て、「写真をベースに描いたのでしょうね、すごいですね」と、こうのさんはその巨大な画面に、絵の匂いを嗅ぐほど近づいた。「これ、いつか、やってみたいですね」とも言った。
木箱の表面に泥絵が描かれた淺井裕介《泥箱・熊本城の根っこ》(2011)と《泥箱・土のこだま》(2011)の、その木箱の中身が空っぽであることを知ると、「じゃあこの中に入れますね」と、こうのさんは“絵の中に入る”提案をした。大人2人が入れるくらいの大きさの作品だった。「この箱をかぶって歩くといいですよね」と会場の笑いを誘っていた。「この人の絵は金沢で見たことがあったけど、あの時とは土の色が違いますね」とも言った。この作品は阿蘇などの熊本の土、水などを素材にして作られているんです、という解説が、担当学芸員から付け加えられた。熊本の土だから金沢の時とは土の色が違う。「金沢」というのは、去年のこうの史代展の金沢21世紀美術館での展示の時のことなので、こうのさんの記憶力のよさに改めてびっくりした。
国立療養所菊池恵楓園の絵画クラブ「金陽会」からは吉山安彦《黒い樹》(1989)、入江章子《ブナ林》(1990)、中原繁敏《獅子岩》(1996)を選んだ。どれも風景画だ。「私も絵を描いていた時は、風景が多かったですね。風景画が好きですね」と、こうのさんは言った。吉山安彦の絵に見入りながら、こうのさんは、「この人の絵はもっとあるんですか」と担当学芸員に聞いた。残念ながら、この作品しかCAMKには所蔵されていないとのことで、「いつか、この人の絵をたくさん見てみたいですね。そういう展覧会を見たいですね」とこうのさんは言った。

「この人は天才ですよ」。平川なつみの絵画《じいさんの楽園》(2007)、《HOTELカサブランカ》(2010)、《宇宙人が追いかけてくる。》(2007)、《孫と山》(2010)、《パラダイス》(2010)と、所蔵する全ての平川作品の前を歩き、立ち止まり、何度もアハハと笑いながら、「これがカサブランカかな。いやこれはカサブランカじゃないですね」と画中の花にも反応しながらこうのさんは言った。平川さんは、最近作品を発表していないようで近況がわからないと知ると「じゃあ、10年くらい何か描き溜めているのかもしれない」と言った。「漫画っていうのは読者のところへ届くのが早いですね。理解されるのも早い。でも、美術の人は、評価にとても時間がかかると思います。美術の人に比べたら、私の漫画は特に新しいことをやってるわけではないですね」とも。
「こんなに小さかったんですね」とこうのさんは言った。図録の写真でしか見てなかったから、藤岡祐機の展示作品(タイトルは全て無題、2004-2021の7点)の「大きさ」に実感がなかったのだ。藤岡さんは、このセレクション展の開催に合わせて急遽公開制作をミュージアムショップの近くにあるスペースでやってくれていて、今日もいらっしゃるという。「じゃあ後で行きましょう」とこうのさんは言った(そして実際に後で見に行った)。
「この中の誰がポロスですかね?」と太郎千恵藏の《ポロスと友人たち》(2002)を見ながらこうのさんは言った。12人の宇宙人(?)が大きな鏡の上から描かれている。「真ん中の?いや、後ろで手をひろげてるのがそうかもしれないですね」と言った。そして「今度聞いといてください」と、学芸員にことづけた。
ギャラリーⅢの会場は、こうのさんと作品を囲むような感じで、参加者がたくさん集まってくださっていた。堅山南風の大きな作品と《ポロスと友人たち》が並んでいるような、「こんな組み合わせで見ることなんかないので面白い」という声が参加者から聞こえた(その方は、南風作品を子どもの頃から見慣れていてすごく詳しい人だった)。確かに、40歳の年に《ポロスと友人たち》を描いたアーティストと、80歳の日本画の巨匠の作品が、それこそ「友人」のように触れ合うほど近くにある取り合わせは、この展覧会の特徴だった。ここに集まった出品作家は生まれた時代も異なるし、活動場所も違う。でも、作品は出会うことができると感じとれる展示空間だった。
その堅山南風の床に広げられた天井画の実寸作品《瑞龍 大下図》(1966頃)を見ながら、こうのさんは、これが龍の頭部を中心にした部分のみで両端がまだ巻いてあることを知ると「いつか全体を見たいですねえ」と、しみじみ言った。「東京の美術館でこの人の《大震災実写図巻》を見に行った時も、巻いてあって、全部は見られなかったんですよ。震災のも、これ(大下図)も、全部広げて見られる展覧会をやったらいいですよね」と言った。
このあたりで、おそらく、このギャラリーツアーの参加者は、「こうのさんはさっきから、やってみたいだの、見てみたいだの、未来につながっていく言葉ばかりずっと言っている」ということに気づいたはずだった。そしてその言葉が、コレクション作品を活気づけていると思ったはずだ。未来への期待を浴びて、できたてホヤホヤの作品のように、展示作品が新鮮に感じられてくるようだった。
真珠子の《ねずみ少女とラブレターの関係》と《ハート中会話》(各2005)を見ながら、こうのさんは「この人とはウィーンで会ったんですよ。パフォーマンスもする人でね、すごく面白い人ですね。ウィーンでは、こんな(展示されている2枚の絵のような)エロっちい絵ではなかったけど、でもやっぱりこんな、子どもが描くみたいな絵を描いていたんですが、この人、ほかの絵もね、ずっとこんな絵なんですよ。それで、あ、ほんとうなんだなと思ったですね」と言った。この“途中で辞めずにずっと続けていると、作家にとってこれは本当のことなんだと思えてくるものになる”という意味の言葉も(「やってみたい」「見てみたい」と同じく)、このギャラリーツアーで何度も繰り返し出てきた。

こうのさんは「今日の展示はそういう展示でしたね」と最後に言って、「じゃあこれで終わりです」と言って、ぺこりとお辞儀をすると、会場を(やや小走りで)後にした。ライブペインティングの続きをやる時間になったからだけど、みんなと一緒に絵を見ながら、ウズウズしてきて、自分も一刻も早く絵を描きたい!という気持ちになっていたのではないかと思う。
―――
ご参加いただきました皆様、ありがとうございました。