和水町での作品調査をともに行ってきた前川清一さん(熊本県文化財保護審議会委員)にご講演いただきました。

秀島が遺した様々な文献等の調査に基づく、秀島由己男のプロフィールと人となりを紹介する内容でした。また、各年代でのエピソード紹介の折々に出品作品・未出品作品の画像を紹介し、秀島の作品の特徴を解釈する内容でした。
特に、初期の1953年(昭和28)、新日本窒素工場内での「海老原美術展」開催が、秀島に具象から抽象画への画風の変化を促したのではという指摘は興味深いものでした。
ほか、画家・彫刻家の浜田知明から、1965年(昭和40)に熊本短大への就職の打診があり、それを辞退していたことについての資料はおそらく初公開でした。これらの手紙のやりとりに、秀島が水俣での仕事を辞職したそののちの生活を、浜田が気にかけていたことが伝わり、お二人の温かな人間関係を想像しました。
最後に、今後の課題として、安全な展示・収蔵施設の確保、そして顕彰事業の継続について提言し、作品の活用・保存・顕彰の重要性について触れていました。